農家野菜と消費者をつないで 農業の偉大さ、日本の美しさを共有しよう
- 2020/03/02
- 22:19
なりわいのかたち
<まちづくり・ひとづくり>
私たちが暮らすまちの活性化につながる仕事に携る方々をご紹介します。
イベント企画やコミュニティスペース提供を通して地域づくり、人と人のつながりづくりを行い、まちづくりを多面的に支える仕事があります。
関連サイト http://nariwaijob.com
農家野菜と消費者をつないで
農業の偉大さ、日本の美しさを共有しよう
老沼裕也さん・老沼絵里子さん(KAZENOHITO /古民家「野菜日和」)
【なりわいのすじみち】







●これから社会に旅立つ若者たちへのメッセージ
老沼さんのお仕事4箇条
●まずはやってみる、行ってみる、味わってみる
<まちづくり・ひとづくり>
私たちが暮らすまちの活性化につながる仕事に携る方々をご紹介します。
イベント企画やコミュニティスペース提供を通して地域づくり、人と人のつながりづくりを行い、まちづくりを多面的に支える仕事があります。
関連サイト http://nariwaijob.com
農家野菜と消費者をつないで
農業の偉大さ、日本の美しさを共有しよう

老沼裕也さん・老沼絵里子さん(KAZENOHITO /古民家「野菜日和」)
【なりわいのすじみち】
高校時代はめだちたがりやで学生生活を謳歌していた。高校を卒業したときは、元々憧れだった海外で暮らしてみようと考え、カナダとオーストラリアへ単身で「冒険」の旅に出た。カナダでは自転車で5,000km横断、オーストラリアでは車で大陸を2万km駆け巡った。旅費はアルバイトで稼いだ。カナダでは路上でホットドッグ売り、オーストラリアでは行く先々で畑仕事をしたり飲食店で働いたり。そんな生活を2-3年続けた。初めての経験ばかりで刺激いっぱいの毎日だった。あるとき突然パニック障害に陥った。原因がわからない。予定を早めて日本に帰国し、1年間の引きこもりの生活が始まった。
モットー
「おいしい野菜」をキーワードに日本の底力を発信!
「おいしい野菜」をキーワードに日本の底力を発信!
ひきこもりの状態から徐々に外に出るようになり、ご縁があったのが市場の仕事だった。市場で、野菜や果物のあふれんばかりの様子を見て感動した。同じキャベツでも、産地やちょっとした時期のずれで顔つきや味わいが違うことを知った。「野菜ってすごい!」。採用され、バイヤーとしてお客様に青果を提供する仕事をするうち、こんどは野菜を作る場所について知りたくなった。農家は日本全国にある。「そうだ、野菜を作っている場所を直接訪ねよう」。会社を辞め、全国の農家を訪ねる旅に出た。 |


●カナダとオーストラリアへ!
子どものころから外国への憧れがあった。そこで高校を卒業すると同時に、単身、カナダとオーストラリアへ渡り、しばらく住んでみることにした。
カナダではホットドッグのカートを借り、一人でホットドッグの路上販売をしたり自転車で5,000km横断した。オーストラリアでは購入した車で大陸を巡った。いろいろな人に出会い、助けられ、成長した。
そんな暮らしを2-3年続けたのち、ある日、パニック障害になった。現地で病院に行っても改善されない。現地では就職の道もあったが、予定を早めて日本に帰ってきた。外に出られない。人と会えない。1年間、そのまま引きこもった。
●市場で感動
1年ほど自宅中心の生活を送るなか、親友や親などまわりのサポートもあって少しずつ外に出られるようになった。エネルギーも湧いてきた。社会にも目が向き、NPOの活動で福島県川内村などの支援活動に携わるなど、人との関わりも増えてきた。
すると、仕事への意欲が出てきた。そこでご縁があったのが、足立市場に入っている野菜の納品会社だった。パニック障害の不安も多少あったが、市場という業界は人間関係も入りやすいと感じた。
採用され、はじめて市場に足を踏み入れたときのことを、今でも鮮明に覚えている。
色とりどりの野菜や果物が溢れる様は、感動ものだった。野菜って、果物って、こんなに種類があるんだ!そのときから、野菜や果物のとりこになった。
仕事が終わってから八百屋やスーパーに行くのが習慣になった。珍しい野菜や果物があれば買って食べ、青果の産地や、旬の時期を実践で学んでいった。野菜ソムリエプロや野菜検定一級などの資格もとった。
いつしか野菜については職場ではずば抜けて詳しくなっていた。3年ほど勤めたとき、最年少、最短で主任に昇進した。
●台風が農産地を襲って考えること
当時の市場での老沼さんの仕事は、青果バイヤーだ。バイヤーは、顧客からの注文に応えるだけでなく、全国各地の流通の情報を日々チェックしお客様と市場の間に立ち青果物や情報をお届けする。美味しいとされる産地の野菜や、旬に合わせて納入できる野菜、また珍しい種類の野菜を提案することもある。老沼さんは、社内の知識向上に向け社員教育などにも携わった。
バイヤーにとって、もっとも重要なのは、顧客が欲しいという時期に、決められた量、しかも商品として整ったものを仕入れることだ。季節によって産地は異なることはあるが、常に一定の質、ある程度見た目がきれいであることが求められる。20kgのレタスのなかでひとつ、二つにナメクジがついていたら、全部返品になることもあった。
あるときは、災害で国産の農産物が極端に減った年に輸入食材が大量に入ってきた。
国産物の流通量が戻りつつあっても依然、輸入物を扱う取引先もあった。自国の農業を支えていけず、輸入に頼ることに何かひっかかるものを感じた。
災害にあっただけでも大変なのに、その後、輸入物にとって代わられてしまうこともある。
腑に落ちないものを感じた。農家は大変だ。実際、そう口に出して言うこともあった。
しかしあるとき気づいた。「農家は大変だ」と言っている自分は、本当にその「大変さ」がわかっているのか。一度も農家を訪ねたことがない自分が言っていることは、どこか軽々しく感じた。
パニック障害を経験した自分が野菜の世界に助けられ、この道の一流になりたいと思い日々野菜と向き合ってきた。
まだ20代、一度全国の農家を見にいこう。
「農業の現場を見て、成長していかなければいけないなと思ったんです」。
仕事の引き継ぎを行い、辞表を出した。
●九州から北海道まで農家を訪ねて
自家用車にふとんと作業着と長靴を積んで、あてなし、アポなし、コネなしの「学び」の一人旅が始まった。
訪ねる農家のことで、ネットの情報には頼らなかった。有名な農家に会いたいわけではなく純粋に学びたい気持ちがあったからだ。
声を掛け、たまたまご縁があった農家を訪ねて、農業を学ばせてほしいと申し出る。そこで東京で市場で働いていて…と、自分の素性を話す。
すると、受け入れてくれる農家は多かった。聞けば、畑仕事を体験させてほしいという人は案外多いという。しかし、彼らは農業の経験がほとんどなく、農家にとっては農作業の足手まといになる場合があるそうだ。
一方、老沼さんは、野菜についての知識があり野菜への思いもあるだけに好意的に受け入れてもらえた。
滞在させてもらっている間は重い土を運んだり、天候が悪いときも作業を手伝ったり。文字通り寝食を共にして家族の一員として汗を流した。農業のことや野菜のことを貪欲に学んだ。そうした姿勢から、老沼さんを信頼してくれたのか、滞在先の農家が、別の農家につなげてくれることもあった。
10カ月もの間、会社員時代に蓄えたお金を使って、無我夢中で日本を旅した。
旅の収穫は、たっぷりあった。農業に関する知識、肥料、土、農薬、そしてもちろん野菜の知識がびっくりするほど豊富になった。
もちろん奥深い農業の世界では入口付近にいる程度だ。「それでも、いっちょまえに、農家の方と対等になった気持ちで話せるようになりました」。
旅の収穫のなかで、なにより大きかったのは、日本の地方の魅力を実感したことだ。地元の人の魅力、文化、里山…。どこを訪ねても感動があった。農業は日本の原風景だ。地方の風景の重要な要素であり基盤でもあると実感した。日本の地方はどこも「宝物」だと思った。
そして多くのご縁...。

その宝物を、野菜を通して、「おいしい」という笑顔で地域とつなげる活動をしていこう。

●「風の人」
東京に帰ってきてからの2018年、個人事業として「KAZENO HITO」をスタートした。当初は、旅でつながった農家から仕入れた野菜を、ご縁があった自然食品店の店頭で販売した。地域で開かれるマルシェに出店して販売することもあった。
8月には、ビジネスでも家庭でもパートナーである絵里子さんとともに足立区弘道にある古民家で古民家「野菜日和」を開設。八百屋×地域コミュニティのコンセプトで野菜の販売を始めた。ここでは現在、第2・4日曜に全国から仕入れた野菜や特産品などを販売する。

KAZENO HITO=「風の人」とは、地方創生論の文脈で出てくる風の人、土の人という言葉からとったものだ。土の人とは、その土地に根付いて生活する人のこと。風の人、とは外からやってきて、その土地の文化に触れ、またそれを他の地域に伝える役割を果たす人のことだ。
山形の農家を訪ねたとき「老沼くんは風の人だね」と言われた。屋号に用いたのは、その言葉の意味を知り、まさに自分の役割だと感じたからだ。
現在、KAZENO HITOは「農業と食文化の多様性を守る」「人と地域を繋げ、農家と生活者が支え合う社会の構築」「持続可能な農業を支え次世代に繋ぐ」を理念にかかげ野菜や地域の特産物の販売、農業サポートをはじめ、さまざまな地域や農業活性化の取り組みを行っている。
なかでも、ずっと行ってきた、地方から取り寄せた野菜の販売では、「本当においしい」野菜であることを優先している。土にこだわり、農薬を使わない野菜を中心に、信頼できる農家から仕入れたり、自ら畑に行って収穫する野菜を扱う。種についても啓蒙活動を続けており、固定種や各地の伝統野菜や伝承野菜を扱う。


これからKAZENO HITOでは、法人化を視野に次の大きな3つの柱を中心に活動を展開する。
1 農産物を通した地域活性化企画事業
2 古民家を活用したコミュニティ活性事業
3 農業サポート(流通サポート、栽培コーディネートなど)
1は、地方の良さを東京に伝えるためのさまざまな企画を東京で実施していくというもの。これまで、銭湯と連携し「香り湯」を通して全国各地の地方農業地域と展開し都市と地方相互の活性化に取り組んだり、各地の自治体と連携し食のPRイベントを企画・実施した。
2では、CSA(Community Supported Agriculture:農家と消費者が共に農業の恵みとリスクを分かち合うことを目指して生まれた新しい形の産直システム)古民家を利用した野菜販売を通じて、地元足立と産地を結ぶコミュニティづくりをすすめる。いまは、地方や農業に関心を持ってもらうため、アグリツーリズムなどを実施している。
3では、農家の販路開拓や耕作放棄地を活用した栽培を農家と協同で行い企業に繋げている。
●家族が思いをひとつに
KAZENO HITOの立ち上げから現在、そして未来まで頑張れるのは、市場でバイヤーとして働いていたころから、夢を語り、独立してからもともに歩んできた絵里子さんの存在が大きい。
絵里子さんとはバイヤー時代に社内で知り合った。老沼さんが仕入れの責任者をしているときに事務方のサポートとしてともに業務や課題に立ち向かっていたのが絵里子さんだ。
野菜の素晴らしさ、傷んだ野菜を返品することへの疑問、産地と東京をつなぐことの意義…。絵里子さんには思いを熱く語り、よき理解者ともなってもらってきた。
いまも市場で働く絵里子さんは、店舗を開く日はもちろん、お客様とのつながりを軸にしたツアーや食事会、またこれから発展させていく企画事業において、なくてはならない存在だ。引き続き老沼さんの支えにもなっている。
「おいしい」「また食べたい」「また行ってみたい」「また会いたい」。
そんな気持ちが自然にお客様の心にわいてくる事業を、老沼さんご夫妻のあたたかいきずなを軸に進め、日本が本来もつ土地の魅力、野菜の魅力、人のあたたかさを伝えていく。

「なんでもやってみたらいいと思います。
それが大きな目標や、夢でなくてもいいんです。
好きなことが仕事になればいちばんですが、好きなものは、案外わからないものです。
だから、無理に見つけようとして苦しまなくていい。
好きなことが見つからない、と悩んだり自分にダメ出しするよりも、目の前のことをまずはやってみることのほうがよほど大切です。
気になったことに思い切って飛び込んでみると、学ぶことがあり、一生懸命やれば人から評価されてうれしい体験もできる。褒められれば楽しくなります。するともっと知りたくなり、勉強して自然に上手くなるものです。そうすると、まわりから評価もされ、もっと頑張れる。
これは仕事に限定しなくとも良いと思います。
ときに身体や心が疲れてしまうこともあるでしょう。
私は一年間引きこもりった経験があります。その経験者として言えるのは、そんなときは焦らないで、慌てず、休みたいときは休むことが大切、ということです。
少し元気が出てきたら、近所のまわりを歩くことから始めるのもおすすめです。
道端でなにかを発見したり、誰かと言葉を交わすことが思考や気持ちの変化、次の一歩につながるかもしれません。
失敗は失敗ではない、それが分かると人生が違った角度で見られるかもしれません」
一度じっとうずくまった経験を持ち、一歩踏み出し少しずつあゆみを進め、いま思いの実現にむけ、さらにふくらませている老沼さんからの言葉だ。
老沼さんのお仕事4箇条
●まずはやってみる、行ってみる、味わってみる
●人と人がつながる場を大切にする
●スキルや経験を「思い」をもって形にする
●家族や、仲間を大切にする
------------------------------
KAZENOITO/野菜日和
------------------------------
KAZENOITO/野菜日和
古民家「野菜日和」(第2・4日曜)
東京都足立区弘道1-14-10
東武スカイツリーライン五反野駅徒歩5分